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集団化政策への反対者

1930年代初め頃には農業集団化は当初自発的に行われていたが、次第に強制的なものになっていった。ソ連のOGPUは、ウクライナ民族主義者、ウクライナ人の知識人、集団化政策への反対者、そして共産党政権にとって脅威であると見なした者は容赦なく抹殺した。豊かな土壌に恵まれたウクライナではあるが、課せられた収穫高の達成は困難で、更に当局による厳しい食料調達に耐えられず、不満を表明する動きが現われた。また、農村部は民族主義者達の溜まり場であるとして目をつけられていた。

真っ先に教育のある地方エリートが攻撃目標となり、何百人もの作家や学者たちが自白を強要され、監獄や収容所へ送られた。独立ウクライナ正教会の関係者も同様に弾圧の対象となった。当局の政策を批判したかどで100万人のウクライナ人が粛清され、数百万人がシベリアのタイガでの森林伐採、極寒地での白海・バルト海運河建設の為に連れ去られたという。

スタニッツァ・ボルタフスカヤという人口4万人の村は、食料調達に応じる事が出来ず、村の住民が丸ごと追い立てられ、男性は白海・バルト海運河建設へ、女性はウラルのステップ地帯に送られ、離散を余儀なくされた。

集団化政策の強行は減産を招き、割高を提出すると農民達には食料が残らなかった。更に、数々の条例が制定された。農産物は全て人民に属するものとされ、パンの取引や調達不達成、落ち穂拾い、穂を刈ると「人民の財産を収奪した」という罪状で10年の刑を課せられた。1933年春には、エンバクや、フダンソウといった飼料を「悪用」すると「10年は強制収容所へ送られる」と言われた。1932年12月27日、国内パスポート制が実施され、農民達は農奴さながら村や集団農場に縛り付けられた。ウクライナの国境は封鎖され、自由な出入りは許されず、首尾よく脱出してパンを持ち帰った農民達もその場でパンを没収された。

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都市から派遣された労働者や党メンバーから成るオルグ団は空中パトロールで畑を監視し、農場にはコムソモールのメンバーが見張りに送り込まれ、肉親を告発すれば子供にも食物や衣類やメダルが与えられた。党の活動家達は、家々を回り、食卓から焼いたパンを、鍋からカーシャまでも奪っていったと言われる。食料を没収された農民達はジャガイモで飢えをしのぎ、鳥や犬や猫、ドングリやイラクサまで食べた。遂に人々は病死した馬や人間の死体を掘り起こして食べるに至り、その結果多数の人間が病死した。通りには死体が転がり、所々に山積みされ、死臭が漂っていた。取り締まりや死体処理作業の為都市から人が送り込まれたものの、逃げ帰る者も多かった。子供を持つ親は誘拐を恐れて子供達を戸外へ出さなくなった。形ばかりの診療にあたった医師達には、「飢え」という言葉を使う事が禁じられ、診断書には婉曲的な表現が用いられた。困り果てた農民達が村ソビエトに陳情に行っても「隠しているパンでも食べていろ」と言われるだけだった。

ソ連政府が飢餓の事実を認める事は、ウクライナ農民に譲歩するということであった。しかし、5ヵ年計画の成功を宣伝し、外交的承認を得ようとしていたソ連としては飢饉を認めるわけにはいかなかった。国際政治の場での名誉失墜は避けねばならなかったのである。当時ソ連に招かれていたバーナード・ショウやH・G・ウェルズ、ニューヨーク・タイムズ記者のウォルター・デュランティ(Walter Duranty)等は、「模範的な運営が成されている農村」を見せられ、当局の望み通りの視察報告を行っただけであった。一方、英国、カナダ、スイス、オランダ等各国及び国際連盟や国際赤十字を通じて、ウクライナ飢饉に手を打つようソ連政府に要請が行われた。しかしソ連政府は頑として飢饉の存在を認めず、「存在しない飢饉への救済は不要」という一点張りだった。

結局、ソ連政府が一連の飢餓の事実を認めるのは、1980年代まで待たなければならなかった。

飢餓による餓死者の総数に関しては未だ議論が続いている。学説によると死者数は250万から1000万人までだったと推測される

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2009年05月01日 09:00に投稿されたエントリーのページです。

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